東京凰籃学院

英文和訳入門

トップレベル受験生の答案を斬る!


 よく,東大をはじめ国立大学の英語入試問題は簡単だからどうにかなる,という意見に出くわす。果たしてそうだろうか。試験問題というのは,通常受験生のレベルに合わせて作られる。みんなが高得点をとってしまったら試験にならないからだ。

 ちなみにかつて,分離分割方式導入期に,東大・京大ダブル受験が可能で,両大学ダブル合格者がかなりの数出た時期がある。ダブル合格者の大多数は東大を選び,京大は大きく定員割れを起こした。それ以来,京大の入試問題は恐ろしく易しくなってしまった。以後,文系科目はだいぶ持ち直したものの,理科や数学といった理系科目では,今や,そのレベル差は歴然としている。

 話を戻そう。国立大学の,あの易しそうな英語入試問題。一見,かなり高得点域の争いなのではないか,と思えてくる。だが,多くの受験生の答案を見るうちに,実はあまり得点できていないということに気付かされる。

 たとえば以下のような英文だ。単語も平易なら内容も単純。しかしこんなものでも,けっこう得点しにくいのだ。信じられないかもしれないが,この問題では,通常の東大受験生なら0点が続出する。堅苦しい話は抜きにして,具体例で見ていきたい。

 例によって,「拙い訳例」と「推奨する訳文」を併記しつつ解説する。拙いほうの訳例は,これでもそうとう成績優秀な人のものなのである。

例文: 下線部(1)-(4)を和訳する問題

   What an author writes is based on his purpose: to entertain, to instruct, or to affect his readers. How he writes depends upon his character, personality, zest, and capacity. (1)How a person writes reflects what he himself is.

   (2)The author who claims to write only for himself and to please himself accomplishes only that in the end. He is the amateur who never becomes a professional. His need to write may be therapeutic. (3)Once he has put his torment and frustrations on paper, he can walk happily away from writing and take up a more fitting trade or profession.

   (4)Some authors who claim to write only for themselves do not speak honestly, but are protecting themselves against possible failure. Such a writer --- when he has finished his story or play --- begins to think about being published and read.

 まずは小手調べ。

下線部(1) How a person writes reflects what he himself is.

典型拙訳:

ある人がどんなふうに書くかということは,彼が誰であるかを反映している。

 「ある人」「彼」が気に入らない。次に,「ということは」「反映している」が原文のリズム感を損なっている。「誰」も訳としての解像度が低い。前の文に,character, personality, zest, and capacity とあるのに,what を「職業」と訳してしまった人もいる。英語は節や句の順番をかなり自由にアレンジできる言語であり,従って,筆者の思考は通常文頭から文末に向かって流れる。しかも原文は9語という短さである。これらを考えると,次のような簡潔な訳がいいだろう。

推奨訳:

どんな書き方をしているかを見れば,その人の内面がわかる。

 さて,次の部分に移る。今度は二重の to 不定詞が出てきて訳しづらい。

下線部(2) The author who claims to write only for himself and to please himself accomplishes only that in the end.

典型拙訳:

自分自身だけのために,そして自分を喜ばせるために書くと主張する作家は,とうとうそれだけを達成する。

 直訳でごまかそうとすると,こういうことになる。論旨不明である。 onlyは「〜しか〜ない」と訳すことが多い。また,「主張」の内容をどう訳すか,テクニックが問われる。 claims to do は,claims that he writes 〜 と書き換えられる。事実上の間接話法であり,引用文として生き生きと訳すのがよい。また,accomplishes を,ただの現在形の動詞と見て侮ってはいけない。現在形は筆者の主張が込められたとき,往々にして「〜するものだ」という概論と説得の意味合いを帯びるのだ。

推奨訳:

書くのはほかでもない自分自身のためで,自分が楽しいからなのだ,と公言する人は,結局それだけしか達成できないものだ。

 次は,ちょっとした不注意で文意を逆にとってしまった例。

下線部(3) Once he has put his torment and frustrations on paper, he can walk happily away from writing and take up a more fitting trade or profession.

典型誤訳:

かつて彼の苦痛と欲求不満を紙の上に書いたことがあるので,作家としての道を遠く歩むことができ,より快適な取引や職業を引き寄せる。

 away や more fitting trade or profession からみて,執筆から遠ざかることだとわかる。また, can は take にもかかっている。 therapeutic(治癒効果のある)は下線部(2)の accomplishes only that の that に当たる。「自分のために書く」とは「欲求不満解消」の意味だったわけだ。このように論旨を追うと訳語決定の助けになる。take up は「(仕事や趣味を)はじめる」という意。

推奨訳:

みずからの苦悩と不満をいったん紙の上に吐き出してしまえば,もう満足して書くことから離れることができる。そしてもっと自分にしっくりくる商売なり仕事なりに取りかかることができるのだ。

 さいごは,日本文全体の構造を検討し直さねばならぬ問題。難問といってもよい。

下線部(4) Some authors who claim to write only for themselves do not speak honestly, but are protecting themselves against possible failure.

典型拙訳:

自分自身のために書くと主張しているいく人かの作家は正直に話していず,しかし可能性のある失敗から身を守ろうとしているのだ。

 あまりに拙い直訳で強行突破しようとする人が多いので,どうしてこういう訳を書くのか,と尋ねたことがある。なんでも,こういう訳でもマルをくれる予備校があるらしい。単語の意味と文法構造だけ合っていればバツにはできない,と教えているようなのだ。プロによる翻訳文はもちろんのこと,受験問題集でもこのような拙訳が載っているものはまずないのだが。

 基本ルールとして,some は「〜もある」,現在進行形の用法「〜しようとする」,possible 「万一〜があれば」などはクリアーしたい。また,この but は意味上は順接である。ほかに,意味不明な honestly や failure, protecting は,ある程度補充して訳さねばならない。一つ一つの作業は大したことはないのだが,これだけの条件をすべてみたして訳文を書くのは至難の業だろう。

推奨訳:

自分のためだけに書くのだと公言していても本心ではそう思っておらず,もし売れなかったらその言を言い訳にしようとしている書き手もいる。

 possible については次の例文参照。

Possible crisis will be overcome by this measure.
(この方針でいけば,危機に瀕しても乗り切れるだろう。)

 そんなわけで,基本事項をきちんとクリアーしつつ,正確な日本語にするのは想像以上に難しい。このことを知るところから英語の勉強が始まる。そしてきちんとした訳文が書けるまで訓練を行う。これにはかなりの時間がかかる。もし,ポイントをハズした自己流の勉強法でやっていたらいつ仕上がるかわからない。

 国立大学だけでなく,私立大学でも最近は内容把握の設問が主流である。英文の内容を正確に捉えるにはどうしたらよいだろうか。

 多くの日本人受験生にとっては,抽象的な英文を理解する力を付けるには,実は手慣れた日本語に置き換えるのが一番である。なぜなら,実際に訳してみると,単語の意味が曖昧であったり,構文がとれていなかったり,修飾関係や語感が訳に活かされていなかったりと,いろいろな欠点が自然と浮上するからだ。これは便利である。

 逆に和訳を避けて漫然と英文を読んだり,「速読」を追求したりするのは危険だ。下手をすると「ポイントを読み飛ばす練習」「浅い理解をする練習」になってしまい,意外に易しい選択問題でも失点するようになってしまいかねない。読めば読むほど得点力は減退するのである。その意味で,私大を受験する人も,マークシートという形式に騙されずに,地道に精読と和訳の練習をしたほうがよい。

 そのとき必要になるのが,「思考力を鍛える良質な英文」と,「よく吟味されたすぐれた訳文」だ。特に後者を手に入れることが英語学習の最大の条件だといっても過言ではない。

 これから入試に突入する人たちも,時間が無くて焦る時期ではあるが,以上のようなポイントをおさえて,深くじっくり英文を読む練習をしてみるとよい。

〔全文訳〕

 著者が何を書くかは,目的によって決まる。その目的とは読者を楽しませる,教え導く,あるいは読者に影響を与えるということだ。どういうふうに書くかは作者の性格・個性・情熱・能力次第である。(1)どんな書き方をしているかを見れば,その人の内面がわかる

 (2)書くのはほかでもない自分のためで,自分自身楽しむためなのだ,と公言する人は結局それだけしか達成できないものだ。そういう人は素人であり,決してプロにはなれない。彼が書かねばならないのは,自分を癒すためだといってもいいだろう。(3)みずからの苦悩と不満をいったん紙の上に吐き出してしまえば,もう満足して書くことから離れることができる。そしてもっと自分にしっくりくる商売なり仕事なりに取りかかることができるのだ

 (4)自分のためだけに書くのだと公言していても本心ではそう思っておらず,もし売れなかったらその言を言い訳にしようとしている書き手もいる。そういう書き手は小説や戯曲を書きおえると,出版し,人に読んでもらうことを考えはじめる。



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